平尾コーポラティブハウス
中央区平尾、浄水通り近くのマンション。浄水通りから福岡中央高校方面にやや登るように進んで行くと、グランド沿いの白タイルのマンションが見えてくる。
何とも特徴のある外観のR構造は、美観よりも採光に配慮されていて、特殊な構造の外壁も、柱の数が極力少なくなるように計算されている。裏のなだらかな丘陵の崖面は花壇の緑化ウォールが作られている。
福岡のコーポラティブ(相互利益の為の共同的営為)マンション第一号で、住宅公庫融資公庫がコーポラティブ向けの商品を供給開始した時期でもあり、福岡においてそれを最初に採用したマンションである。
当時、福岡地所の役員であった藤賢一氏が企画したもので、同氏のコーディネイトで集まった6人が共同で土地を購入し、マンションを発注、建設したものである。
着工後、しばらくして藤氏始め福岡の著名な方々6世帯(藤氏、藤氏のご親族のアパレル会社代表、地元新聞社役員、銀行頭取兄弟、有名広告代理店役員、有名飲食店代表)の入居予定が、急なことで一人欠員が出て、早期に補充しないとコーポラティブ事業継続に支障をきたす為、このプロジェクトの税務対応や原価計算などに関わっていた私にお誘いがあり、最後の1世帯として入居させて頂くことになった。
企画、マンション発注から竣工に至るまで6人と三浦紀之建築工房で何回となく打ち合わせが行われた。私は全体の原価計算から各人の取得価格計算及び資金調達の資料作りや税務対応などを行なった。
竣工後しばらくは建設業関連の方、デベロッパーや広告代理店の見学者や住宅関連機器の販促資料の撮影依頼が続いた。
余談であるが、取得してからかなりのときが過ぎて・・当時キャナルシティの事務所から常連だった中洲の老舗焼鳥屋のカウンターで晩酌兼食事していると、臨席の方が過去の仕事の懐古話・自慢話でこの福岡初となったマンションの件を話されていた。どうやら住宅公団の方だったらしい。あまりにリアルな話で、つい、「私がその6人の一人です。その節は有難うございました。」と声掛けすると、「6人の有名な方が・・・」との話ぶりだった関係からか、私の姿を見て残念そうな表情をされたので、「すみません、欠員が出て私が代打で、残念メンバーで・・・」と謝り、早々に店を出たことがあった。折角の、ご自身の現役時代の仕事の思い出にケチをつけたみたいで申し訳なかった。声掛け注意!
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