佐久間邸
国史跡となった島原城内の一角にあります。「鉤の手」(クランク状)となっており、防衛上の役割や何等か逃げ込むときに便利な地点のようです。私自身の想像仮説で申し訳ないですが、場所が廊下橋の前で、一の丸、二の丸の最も城内の人の動きが分かりやすい場所であること(昔は今の西側入り口ではない)、島原半島史3巻を見ても佐久間氏はなかなか登場せず、あの天草崩れ(大規模な隠れキリシタンの発覚)の際に幕府との交渉に当たり、穏便解決となったということくらいです。また、代々勘定奉行で、ひょっとしたら藩の人事権が及ばない幕府の管理下にあったのではと想像を逞しくしています。であれば勘定奉行は周りの強力外様大名に挟まれた日田、天草、長崎などとの天領も睨んでいたのではと思っています。
地元有名アーティスト野島さんの作品が数点あります。
取得経緯
代々勘定奉行として28代続いた佐久間家の方から購入しました。話は市の関係者ではないですが、市の事情を知るある方から、現在の地権者である佐久間さんに売却意思があり、仮に購入した方が観光とそぐわない運用をされたらと困っており、そのまま現状通り、市と使用貸借(無償)を継続して頂く人を探しているということをお聞きし、私の方で協力をすることにしたものです。契約時に佐久間さんに売却される理由をお聞きしますと、後継者がおられないということで、ならしょうがないですね、昔なら養子縁組とかあったのでしょうが。売却した資金で菩提寺の本光寺に相応の寄付をされたようです。









