箱根湯本~箱根宿~三嶋宿(1日目、箱根芦ノ湖までの箱根5区の山登り)

テーマ:箱根湯本から芦ノ湖を目指し、箱根5区の山登りから往路ゴールへ。 

朝8時前にホテルを出発して品川駅へ。ところが小田原行き新幹線は少な目で9時半にやっと湯本駅到着した。所持品等再チェックし、案内所で地図とか物色しながら午前10時前になんとか出発。前回の早雲寺から詳細地図が無い為、早速迷いながら急坂を経由して何とか旧東海道へ。

この時間帯でも旧街道は誰一人として歩いている人がいない、その上に旧道サイズの細い道で対向車のバスが来ると道路際に避ける感じ。なので旧東海道歩きという雰囲気だけは十分味わえていたのだが。

街道沿いの正眼寺(曽我兄弟縁)に寄ると大きな地蔵様、小田原から湯本に向うときに通った板橋地蔵尊など考えてみると箱根は地蔵信仰のメッカのようだ。地蔵信仰では地蔵様は地獄を住処としているが、元箱根には賽の河原もある。行き倒れの多かった往時の箱根難所は確かに地獄だったかもしれない。

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そんな事情なので、往時の箱根には接待茶屋というボランティアが存在した。篤志家が個人資産を拠出して見ず知らずの旅人のサポートをする、それがお地蔵様のモデルだったかもしれない。

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湯本温泉ホテルを通る。そういえば社内旅行で泊まったホテルだ。こんな奥にある場所だったのか。しばらくすると「はつ花ホテル」を過ぎて、奥湯本とお別れ。本格的な登りとなる。箱根は勝五郎、初花、曽我兄弟といい、あだ討ちの場所のようだ。

「はつはなホテル」は是非ゆっくり訪れたいところ。素晴らしいロケーションだ。

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本格的な自然探勝道入口に着いた、進む奥先は暗がりで、視界が開けず思わず足が竦む。それでも男の子、恐る恐る前進していると、暗がりの奥からアジア系のおばちゃま達の大声が聞こえてきて、やまと男子は急に元気になって、恥ずかしくも入り口で躊躇していたことは忘れたかのように、いざ決行とばかりに進んで行った(笑)

アスレチック的な登山道、右には渓流という箱根道らしき素晴らしいロケーション、渓流越えには三本の丸太橋が上下斜め、不規則・不ぞろいにかかっていてバランスとってスリル満点。

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割石坂に入る。江戸期のものと、明治以降のものとあり、歴然と分かる。古道に入るのを見て、何かあるのかなと後を付けてきた人がいたり、逆に降りてくる人もいて、普通に人が増えてきた感じ。

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再び旧道に合流し、次の古道を抜けるといよいよ畑宿だ。大澤坂すごい石畳、何回も滑りそうになる。なんと、石に苔が一杯、緑色(箱根の山は天下の険・・・羊腸の小径は「苔滑らか」・・・)。必死で注意深く歩くことに。苦戦、いえ大いに苦戦しました。この石畳、表面は大きめの石、その下は小石が敷き詰められて、かなり考えられたものとなっている。

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ここを越えて再び旧東海道へ合流し、再び古道、苔むした石畳の道へを繰り返す。転ばないように!リュック姿の人を見かけるようになった。どこから出てきたんだ?
苔むした石畳みの道を登っていると、上の方からチリンチリンと音がしてすれ違う。優雅だ。

見慣れた石畳から急にあれ?石段となった。石段を登る途中で久しぶりに人家が見えてきた。畑宿についた。一変してすごい人だかりに、この秋の時期、観光客だ。【2025コメント 今は想像を絶します】アジア系の言葉が飛び交う。観光バスで大量輸送されてきたみたいだ。箱根は都心からも近く、観光ルートになっている。

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旧(畑宿)本陣跡の前を通り、丁度お昼の時間になり、お店物色しながら通ってゆく。ここ過ぎて「あんの茶屋?」?屋号で分かる。お汁粉とおはぎのセット??餡蜜萌え~だがパス⁇。お昼前なので取り敢えず食事へ。旧東海道が左折した所の蕎麦屋桔梗屋とする。目の前が畑宿一里塚である。

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囲炉裏の前で食事、名物?のざるとろ?を頂く。生が無く瓶に。意外に瓶の方が上手い

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再度出発、すぐ山道となり、西海子坂、急坂の古い石畳へ。何とか乗りきって旧道へ合流。本当に走っているランニング姿や、自転車山越えサイクリング(きつそうに自転車を押している。)の姿が増えてきた。

七曲りの旧道から橿木坂へ。この辺りが最も難所か。最初は長い階段が続き、山根橋から甘酒橋経由猿滑坂まで結構長い道のりだ。石畳の道もどこから湧いて(笑)来たのかリュック姿は更に増えて、普通に行き交うようになってきた。

熊鈴を付けている人もいて(お互い様ですが)、チリンチリンと近づき、交差し、遠ざかってゆく。風流?。標識の案内がおかしく道を間違えたり、復帰したりして西側(小田原から湘南にかけて)が一望できる場所へ。同じく見晴らし茶屋からの光景が見事だった。これでさようなら相模湾、明日はこんにちは駿河湾)かな。

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長い古道を抜けて旧東海道へ合流する寸前に、あっ、出たぞ!

男子、街道にいずれば七種の敵あり(熊・猪・猿・更にもう一つの難敵、・・・大きな蜂さん・他にマダニ、蝮)大型の蜂さんがすぐ横に登場、先には巣らしきものが見えた。ここは沈着冷静に立ち止まり、石のごとくにして後の登山者を待つ。数人と一緒に通過(襲われる確率を下げる)、走らずにそーっと通り越す。通過後は脱兎のごとくに早く早くと巣から離れる。そんなわけであっという間に旧東海道へ合流、笈の平、甘酒茶屋向けて急ぐ、所要時間も順調である。

追込坂、笈の平を経て藁葺屋根が見えた。元資料館?休憩所を見た後、甘酒茶屋へ。駐車場も広く観光客が多い。で甘酒注文、まったりとした時間を過ごす。甘酒がこんなに美味しいものだとは思わなかった。旧街道歩き、往時では喜ばれたに違いない。

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甘酒茶屋裏の古道を抜けて、旧東海道へ合流するもすぐにまた古道へ入る。もう、そろそろ芦ノ湖が見える筈であるだが、そう考えだすととまだかまだかと感じるもので結構長い石畳の道が続く。途中に見晴らしの悪い展望台あり。何も見えない。四方の山の上が見える程度。上空展望広場等へ改称依頼。箱根駅伝の中継で見覚えあり。

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お玉ヶ池は関所破りして実家に帰ろうとしたお玉が捕まって死罪になったことから付けられた地名。調べてみると関所破りの刑で死罪になったのは5人程度なので、かなり温情的な運用だった感がする。

犬を散歩させている人がいた。これはもうすぐかな?とその時、先の方に見えた!芦ノ湖、久しぶり!」。一気に下って行く。

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芦の湖畔にはかなりの樹齢の杉が多い。杉~!大木

再び「箱根の山は天下の険・・・昼なお暗き「杉の並木」~・・・」

街道整備としてとしての植樹が東海道は松が多かったのだが、箱根がなぜ松ではなく杉だったのかは気候風土の関係らしい。


元箱根に着くとやはり車、観光客が一杯。

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箱根の関所もテーマパーク化。趣きが感じられないので、早めにゴールし、三島に下ることに。

駅伝広場へ右折し、箱根宿着。ゴール地点には美女の姿は無く高齢?ご婦人の清掃員だけで、倒れ込んで体を預けたら悲鳴が飛びそうなのでここで終了。

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土日利用の旧街道歩行で、箱根宿では泊まれる安ホテルは無かったのでバスセンターから三島へ。明日また三島から箱根宿へ戻る。【2025コメント 土日利用限定歩きで、安宿泊と飲食店探しが困難であった。都市型やリゾート高級ホテルに泊まりながらの街道歩きは???】

三島では駿河湾の地魚、コロッケ、など頂く。わき道に逸れたが、今日のところはお疲れ様でした。明日下りが本番、と気を引き締めつつ、ホテルへ。

Back Camera

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