草加~越谷

奥州街道の歩きは仕事の前後で予定を組む為、10キロ前後しか歩けない、休日とはいえ今日中に帰福する必要がある。別ジャンルでの「聖地」秋葉に立ち寄った後、日比谷線で北千住から東武伊勢崎線に乗り換え、草加を目指した。
想定通りの9月のすごい熱射、ところが麦わら帽子(最近は売ってない)を忘れてしまった。この時期、帽子が無いと街道難行は絶対無理である。この自らの段取り不足の失態を嘆きながら草加駅で時間を確認するともう12時近く、熱射ピークだ。
そういえば2年前、東海道中、8月の熱署をものともせずに帽子無しで小田原から箱根湯本を目指したドンキホーテな??ゆたぽんを思いだすな~。降り注ぐかのような熱射一杯、影一切無い旧道歩行から、のどを潤さんと併走している箱根新道へ出てみてびっくりした。車がほぼ動かない渋滞状態が延々と続いている、なのに歩いている人は皆無だ(当たり前か。)カフェは待ち行列で溢れかえっている。そんな過酷ななかを湯本まで踏破し、裏山の早雲公園まで回遊するという猛者ぶり、おかげで湯本駅では目まいと震えがくるというドンキホーテよろしく返り討ちにあい、甚く後悔した。帰りの電車では、今日熱中症の方が何名というというTVアナウンスが・・(笑)。
草加駅前に戻り、この暑さの中で、少しでも出発時間を遅らすことと街道中での飲食店探しを避けるため、ここで食事をと思い、右手の量販店に向かうが、飲食店は全くなさそうで諦めて出発しようとしたが。お!ちょっと待て、左手にもうひとつの量販店があるやないか、再度チャレンジ、すると階上に蕎麦屋があった。日頃の行い!

休日ということもあって家族連れが多かった。お約束とはいえまだ一歩も歩いていないのに生ビール片手に蕎麦食いとは(笑)この状況でもさすが自称プロウォーカー、地図を広げての作戦会議実施。一人悦に入る最高シチュエーション、時間を無駄にしないぞと自画自賛、流石だ。
つば広帽子(女性用)もなんとか一階の店で確保。駅前から旧道に出て左折、北進開始。北千住よりはわかりやすい。駅前の旧道ぽい雰囲気のところを歩いていくと大川本陣跡(~宝暦年間)、清水本陣跡(宝暦年間~)があった。

右手にはおせん茶屋跡があった。おせん茶屋とは草加せんべいの起源となったおせんさんに因んだネーミングである。横の店壁には煎餅作成の工程図が解説されている。手焼き体験の店も行きたいが時間が無い。

煎餅の店、焼き体験の店とか立ち並ぶところを過ぎて、ほぼ店が少なくなってきたところで、やはり草加せんべい1枚くらいは食すべきと思い、丁度「訳(わけ)あり割れせん」が野菜直売かのごとく店外に置かれていた店で購入。口に入れば一緒というか、寧ろインプラントの援軍を受ける寸前の我がteeth、固すぎるせんぺいを割る手間が助かる(笑)ここで先を確認しよう地図を・・・、

あーっ、蕎麦屋に地図を忘れてきたことに気づく。一人作戦会議したときに忘れたのだ。悦に入ったていで作戦会議などしなければよかったw意味ないやん(´;ω;`)自画自賛から己を攻める展開になったが、ここは沈着冷静に。
とりあえず情報再収集しようと草加宿神明庵という休憩処に入る。地図とかないかと、そこに居られた方にそれとなく聞いても無さそう、結果小物購入し、ここからの街道方面を確認しようとして聞いてみたが、説明が何となく??? あれれ、本当に街道沿いの休憩処かな?という感じだったので、顔いっぱいに得心いってない風で一応頷き、同所を後にした。

進んで行くと旧4号線と合流した地点におせん公園が有り河合曽良の像と草加煎餅発祥の解説板などがあった。そのまま北上しようとしたら、「あれ、右手に望楼のようなものがあるじゃないか。」興味が湧いて右側に渡るとこちらの道が本来の旧街道だということに気づいた。良かった。【望楼に登ってみたかったが時間の関係でやめた。】下の解説で草加の名のいわれが書かれていた。

ここから松並木が続く。草加松原だ。設備も立派で、スケールも含めて北九州の黒崎の「曲里の松並木」以上かもしれない。ただ曲里の方が(予算の関係か管理不十分か)手が入ってなくて往時の雰囲気が感じられると思う。

通りと交差するときは趣のある橋が有り、ここを渡る。矢立橋、百代橋とかある。勿論芭蕉の奥の細道から引用されたものだと思う。やがて、道が細くなり松原の北端へ。外環状のガードを潜り、川沿いを北上続ける。
蒲生大橋のところで先程の草加宿のお店の方から聞いた道は疑問に思っていて、どう見ても右の方のような気がする。ゆたぽんはここまで街道歩きを極めているので大体分かるのだ。

確信して橋を渡ると、早速右手に蒲生一里塚が見えてきた。街道歩きではよく見るのだが久しぶりだ。日光街道では唯一の現存らしい。傍には六(六?両脇は別)地蔵らしきお地蔵さんも。そのまま川に沿って北進する。
また旧4号線に合流、右方向へ。ここから真っ直ぐ越谷目指して進む。縛られ地蔵本舗、大岡裁きの「しばられ地蔵」を思い出す。やがて道は越谷駅の方へ左分岐した。分岐地点には標程里があった。駅周辺には草加駅附近と違い街道宿という雰囲気はない。越谷宿着、ここで終了。
今回は仕事の合間でジャブ程度の街道歩きとなったが、地図もないしこの暑さなのでまあ、よしとしよう、と越谷駅で退却!実は左の松屋、無意識の中でここに入ることになるとはゆたぽん知る由もなかった。



