北千住~草加

北千住~草加

前泊の浅草橋から総武線で秋葉まで、秋葉から地下鉄日比谷線で北千住まで。北千住駅を降りて旧道へ。案内板や標識に日光街道(4号線)はこちら、とあるが騙されてはいけない、旅人ゆたぽんが歩くのは旧日光街道なのだ。

前日の旧街道到達地点に復帰。今日も帰りの飛行機の時間の為、一応お昼くらいまでを目標とするのでやはり3時間程度しか時間が無い。で、今日は草加辺り、埼玉入りで締める目標設定とする。

千住ほんちょう商店街。昨日歩いてきた道はサンロード商店街、「宿場通り」とある。駅前から旧道に出て右折すると、すぐ本陣跡と解説板があった。

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商店街には過去の街道祭りの写真が飾ってあった。シャッターには日光街道の浮世絵が描かれている。よく見たらシャッターの浮世絵にはすべて花の絵がコラボしている。

右手に小公園有り、かすれて見えない千住宿の案内図や高札場跡の解説板と冠木門があった。管理は良くないが設備そのものはGJ。

シャッターの絵は続いていて、街並みに調和している。要するに、街道満載の商店街で一体感があって、満喫できる。しかし、こんな商店街もやがて途切れて、水戸佐倉道と日光街道との追分地点へ進んだ。道標有り。

横山商屋

千住絵馬屋吉田屋 際物問屋

水戸佐倉道追分

進行方向、遠目に土手のようなものが。途中下妻道中との追分を超えると荒川の土手がはっきりと見えた。神田川、隅田川に次いで荒川超えでやっと街道を歩いている実感が湧いてきた。

下妻道追分

土手に登り、全体が開けた。広い、大きい。もちろん遠州、駿河の大きな川とは比較にならないが多摩川や相模川と一緒くらいか、それにしても久しぶりの規模だ。この川が大正時代に隅田川から通水された人工河川らしい。橋のたもとまで来るとなんと富士がうっすらと見えた。意外に大きく見えたのでびっくり、ついでにスカイツリーも確認した。

うっすら富士が見えます

対岸に渡って、スロープから道路へ。元キャンディーズの○○好子さんの実家がある。一旦西進し、途中川田橋で右折、北進する。往時なら先程の下妻道中からこの地点に、今の荒川を斜めに横切るような感じで道は続いていた。しばらくして左手に石不動尊、右に鎮座(立)?する地蔵様は以前荒川土手下にあって、道路拡張の際、こちらへ運ばれたらしい。以前のあった場所を見るように安置されている。

やがて右から来た道と合流する地点で日光道中の道標があった。その先にガードが見えた。東武鉄道、梅島駅に着いた。

駅を超えたところでコーヒーブレイク。2階の喫茶店で一人作戦会議。目標と経過時間、到達時間等を再確認。問題ない。

島根というところで環七を超えて、下町らしい雰囲気から住宅地のような所へ。竹の塚を過ぎて増田橋のところで追分道中の道標石。

交差点の郵便局の可愛いディスプレィ

道路標識で右日光街道の表示、分かっていてもついつい。騙されてはいけない!(笑)

大きな煙突の清掃工場を過ぎる。足立区の清掃工場。

草加バイパスを超え、国道4号線側へ。毛長橋へ。

国道4号線に合流。水神橋を通る。

東京と埼玉の県境となる毛長川を超えて埼玉県へ突入。大きな神社有り、用を足そうと入るも鍵が。ド○チの神社。良く見るとなんと東海道野郎と縁の深い神社だ。これも公共心の無い方の所業の所以か。

しょうがなく谷塚駅近くで早めに蕎麦屋に入る。まあ、なんとも。

火炙り神社。八百屋お七のような謂れがあるらしい。

草加せんべいの店があった。地元の客と思しき方が数人おられたので迷わずに入店。観光客より地元客の多い店の方が有難い、ということは、博多で十分学習済み。

やがて左分岐、旧道は草加駅の方へ。分岐箇所に木の道標。

草加駅へ向かう道に入ると4号線から雰囲気が一変した。駅前となる地点で道路元標確認後、草加駅から羽田へ。


草加駅

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