箱根湯本~箱根宿~三島宿(2日目東坂の寂しい山下り)

2010-11-28 15:59:54
箱根宿~三島
テーマ:三島の安宿からバスで箱根宿へ、獣害の恐怖の中で駆け降りる。山中城と蕎麦。
三島駅北口から入場券を買って???南口へ、バスで8時に出発。予定では箱根宿に9時前に着いて東坂を一気に下って行くつもりだったが、前日バスで下っていくときにこんなに距離と勾配があるのかとびっくりしたので少し弱気気味(笑)。箱根宿着。スタート地点から箱根駅伝記念館とか見て余裕をかます。

事前の計画から東坂下りのルートはほとんど飲食店が無いので、三島駅から昼食弁当を物色していたが、以外に店が無く、西坂と違いスポットもなく人もいない。確かにこのロケーションでは弁当とか売れなさそう。
古道経由の場合、「箱根みちの駅」は通らず、それを過ぎると店の数が極端に少なくなる、というか無い。そこでプロウォーカーはコンビニにでサンドイッチとチーズを買い出発。
箱根宿の問屋場、本陣とか探すも分からず、そのまま箱根峠を目指すことにする。駒形神社で犬塚明神拝み、トイレ借りた後、古道の分岐確認、らしき古道へ。


入ってすぐ石仏に。


石畳になって一気に登りとなる。狭い感じの1号線のガードをくぐり、暫くたってリュック姿の人と会うというか追い越される。

事実上、東坂古道ではこれが人と会った最後の姿となる。寂しい限りだ。向坂から挟石坂まで幾つかの坂を通って1号線と合流し、相模の国から伊豆の国の境となる箱根峠に向う。


道を間違えたら大ごと!!!戻ってしまう。
信号待ちしながら、横断舗道渡るとすぐ冠木門があった。冠木門をくぐり、人が休憩しているトイレの方に行きながら、道標案内板を確認し旧東海道の道を探す。


箱根峠から道を確認出来ないまま標識の示しているゴルフ場の方向へ、進んでいくうちに不安になり引き返す、何回か行き来している間にちゃんと資料で確認できた。涙。結局は
最初のとおりでよかったのだが、まあそんなもんなんだろうな。
分岐点の古道入り口に立つ、予想以上の薄暗さ。道の両脇の篠竹が覆いかぶさっている。
人の気配も無いので、恥ずかしいがほぼ小走りに走って通り抜ける。兜石の碑など撮るポイントでの写真も早めに。途中で一号線の車の音が聞こえ、それが近くなったり遠くなったりした。音が聞こえると安心。走った為か早めに出口らしき開けた感じが見えてきた。接待茶屋に着く。



行き倒れも多かったようだ。行き倒れの墓。




またすぐ古道へ。先程と同じような道が続く、大分明るいので小走りまではしなかった。
大きな兜石があった。先程の場所から場所を移し変えたようだ。

出口が意外に早かったなと思ったら、一号線への出口と古道との分岐だった。もちろん更に古道ルートを継続、通常の山道だが、楽しみながら歩ける普通の古道である。山肌を通ると言う感じになってきた。大枯木坂、小枯木坂を通って一号線降り口が見えるところまでくると、だんだん民家の庭風の場所に??到着。住居侵入の現行犯のような感じで、お邪魔しました(笑)逃げるように一号線に合流。
歩道を渡って、看板あり。



「竹屋(蕎麦や) ここから500メートル」
少し早めだが昼食の時間でいいかなと思ったら、すぐまた古道への分岐地点に。古道を下るべきか、甘い誘惑で一号線で竹屋を目指すか迷うも当然選択は古道である。美味しいもの食べに来たのではなく歩きに来たのだからと自戒(笑)
比較的整然とした古道の出口に雲助徳利の墓があった。


一号線に合流すると、まさにぴったしかんかん、出口左側に竹屋があった。竹屋は予想以上に感じ良く箱根蕎麦のリベンジも達成できた。実は以前社内旅行で箱根に来たとき、関蕎麦を食べたのだが、すごく不味かった。今回の竹屋ですべて払拭出来た感じ。蕎麦(田舎風)も美味しかったし、山芋も自然薯だった。うなぎも美味しかった。自店の宣伝もあったが山中城の案内やらいろいろ親切に教えていただいた。




簡単に城を見た後、先を急ぐ。途中で分岐しながら進んでゆく。しまった、蕎麦屋さんの女将さんの言うとおり、上まで登って畝掘、障子堀を見れば良かったかな、なんて思いながらもどんどん降って行く。富士見平、古道まっしぐらで富士山などまったく見えるポイントは無い。まあ山道を通っているので、たまに相模湾も小田原市近郊も見える程度。まあ、今回は観光ではないんだから(笑)



一号線を下っていく人をちらほら見かけたりするようになった。どうしたことか古道を通る人は殆どいない、東坂とえらい違いだ。歴史に興味が無い人は東海道を歩くことのみを価値観としているのかもしれない。

更に下る途中、古道から合流したとき、ふとみると「道を渡るな」の標識が!なに、道を渡るなと言われれば、車も少ないし渡りたくなる。渡ってしばらくすると再び先ほどの地点から100m先から古道の入り口に。「道を渡るな」は旧東海道の旅人に親切(なのかな?言葉足らずに)に案内してくれたものでした。

↑上方が古道です、間違え安い

山中新田から古道を抜けすぐまた古道へ、七曲の一号線を横断しながら下ってゆく。上長坂から笹塚新田の笹原一里塚を過ぎて古道を抜け、横切ったあたりに更に急坂の古道へ、こわめし坂(下長坂、云われは画像refer)へ続く坂道となる
。

坂の途中に外人の家があった、まだこの辺は市街地といえず、別荘なのか自宅なのか不明であるが。高級外車が止まっていた、この方もケンペル同様、箱根に魅せられた人なのかもしれない。


降りてきた三ツ谷新田では一号線から旧東海道が分岐していた。いつの間にか一号線は遥か彼方へ。
松雲寺前を通り過ぎて、だんだん人里らしくなってきてふと見ると坂小学校、坂にある。面白いネーミング。学校の横あたりで分岐に気づいてバック。これでいいポイント見過ごさなくて良かった。ただし、学校の横の坂を下りたところで少し迷う。少し誤って降って行くが何とかバックして旧東海道へ。ここまで来ると雰囲気で旧東海道かどうか分かる感
じ。


休日の地域のソフトボール大会らしきものがあってる手前側に老人憩いの家なんてものがあった。先程のビール効果か尿意をもよおしていた。丁度トイレ有りの看板、運がいい事、日頃の行いがいい証拠、ところがどんなに探しても無い。不当表示も甚だしい!生理現象で脇の草むらでやっちゃいました。その後再び古道へ。結構暗い感じの道、臼転坂といわれている、ネーミングは何となく分かる感じ。出口に馬頭観音があった。馬は当時の信仰の対象。



旧東海道らしい道を歩いて来て今日初めて出会った喫茶店に入る。疲れ気味なので甘めのカプチーノを頼む。ハート型、いい事有りますように。道路工事があってるみたいで旧東海道と一号線が合流地点がずれている。久しぶりに一号線に。もう市街地のような雰囲気である。
初音ヶ原の松並木、いよいよ、下がってきた感じ。富士見が丘、富士は見えんぞ!錦田一里塚あり。

浜側の歩道は普通の道だったが山側の歩道は石畳となっており、途中で赤信号を突破してそちらへ。結局足が痛いので、石畳の横を歩く(笑)
松原を越えて、古道への分岐。しかもまた石畳、まだ古道があったのか、ただ古道だが、上の方と違い明るい、しかし結構な下り坂である。愛宕坂から今井坂これで最後かな?踏切を渡り、三島大社の表示が。やっと着いたようだ。雨が降ってきた。傘もカッパも持っているが面倒臭い、濡れてまいることに。しかしこれが元?で博多へ帰って長期の風邪に苦しむことになるとは。
三島大社。金木犀の大木、たたり石、頼朝旗揚げの地などなど、七五三らしき参拝者が多かった。旧東海道ではなく鎌倉古道です。さすが。


井戸の水は富士の雪解け水でしょうか。「ノーエ節」を思い出しますね。楽寿園の入り口に碑があった。
2010-12-10 18:25:02

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三島駅、お疲れ様でした。三島から品川経由で羽田へ。朝、予備的に買ったサンドイッチとチーズは新幹線のなかで完食しました。

