第一日 日本橋〜浜松町

秋葉での所用が終わり、カフェで余韻を楽しんだ後、神田経由で日本橋まで歩く。これから浜松町経由で羽田へ行き、出発まで一杯飲みながらまったりとと思ったが、それにしてもまだかなり余裕時間があり、中央通りでバーバリーショップなど立ち寄りつつ、ぶらぶら歩いてみようかと歩き出す。(結果的に、これが東海道第一歩となった。)

先日、東京駅から新宿まで歩き、意外と歩けるものだなと思ったことから、今日は銀ブラやめて、そのまま「ひまあらば歩いてみようホトトギス」とつぶやきながら京急品川目指すことに予定変更。

日本橋は五街道の起点であるが、当時は魚市場があったようだ。広重の絵には解放された大きな木戸の向こうから大名行列が。街道あるあるだが日本橋には左手に高札場、右手に晒し場になっていた。右下の犬の居る辺りがその場となっている。
[お江戸日本橋、七つ立ち、初のぼり・・・] 七つ(午前4時)出発、この木戸は午前四時開門だったらしい。従って日本誌からの出発は午前4時以降。晴れ渡った様子のなかで大名行列がこちらへやってくるのを見て、桶を持った人たちが道を開けている様子が分かる。広重の宿場にはとにかく大名行列がよく出てくる。
中央通りをぼちぼち歩いていると、道標からこの道が旧東海道の道と分かり、何かしら感慨深い思いになった。このまま京都まで歩いてみようかな、なんて冗談話が・・・。
話は変わるが。10年ほど前(※2025年では20年以上前)に富士山登山した時に、前夜浜松町のホテルに泊まり、一杯飲もうと銀座8丁目向けて歩き出した。だが明日もあるので、途中でもうこの辺りでと、目の前の店に入ることにした。
***その時の話。
食事系の店のカウンターで一人晩酌していると、店の方が「テーブルのお客さんが頼まれたもので余ったので、どうぞ」と、だし巻き卵をサービスしてくれた。これで酒が進み(作戦か?)、話も弾んでいると横のお客さんも入って盛り上がったことを思い出した。「富士山なら俺も行こうかな?」「いや富士登山を甘く見たらだめです。計画的に・・」とやんわり断る。もし、妙齢の美人女性だったら「是非是非フォローしますから、エスコートでも何でも・・・なんならおんぶでも・・・」???(笑)と、いい酒で、気持ちよくホテルへ。
翌日の富士登山でもいろいろありまして、稿を改めたい。ネタありです。本八合目の山荘2階の低天井の屋根裏部屋で隙間のないビッチリ雑魚寝で床に就くと、右隣に超ラッキー、30代前半と思しき美女、ところが左隣には騒音デシベル推定90以上いびきのおっさんという寝床での話、想像つく?・・だろうな(笑)
話は街道に戻り、お馴染みの増上寺に着いたところで、なまけ神がご降臨!このまま歩き続ければ品川か、そのずっと先には京都!目指すなら日を変えて計画的に歩くべきではないか」という有難い「神」のお告げでここで終了。従って初日はまだ東海道踏破するなどの自覚なしでのスタートとなった。(このパターンは意外に多い、皆さん最初から狙って歩き出す人は少ない。)京急からモノレールへ変更。帰福へ。
